老舗亀まん

KAMEMAN
From TAKATO

亀まんについて > 亀まんの歩み

1875年 <明治8年>

創業|初代 八十吉

剣術が嫌いで商いを始める。
横町にふろ屋「亀の湯」銭湯を開業、そこから出る蒸気を使ってつくる饅頭を振る舞う。
それが評判を呼ぶ。
銭湯まんじゅうと呼ばれていた。
(参勤交代で饅頭を振る舞っていたという話もあるが定かではない)

第一次世界大戦

1936年 <昭和10年>

饅頭を専門に販売を始める|2代目 誠一

物資の統制があり銭湯を廃業し、饅頭の販売を専門に営業開始。
お客さんの声で「亀まん頭」と呼ばれるようになった。
最初は、亀まん頭のみ販売。
当時のお金で一個10円。

2代目 誠一

誠一(一番右)、当時のメンバーと

第二次世界大戦(戦争期は営業中止)

1958年 <昭和33年>

営業再開|3代目 啓司

サラリーマンとして製材所に勤めていたが、饅頭屋をやりたいと営業再開(9月25日)
高遠地域が賑わいを見せていた時期でもある。

3代目啓司と4代目優司

燈籠祭り

高度経済成長期

明治初期ごろに高遠城址公園に植えた高遠の固有種(タカトウコヒガンザクラ)により桜の名所となる。お花見のお土産として盛況をみせる。

高遠本店工事中のため、仮店舗にて営業

1978年 <昭和53年>

4代目 優司

ギター職人の夢を抱くが、27歳頃から若くして経営を任せられる。

伊那店舗オープン

オープン当時は喫茶万寿庵もあったが販売のみに専念。

伊那店(現在)

バブル景気〜バブル崩壊

2000年 <平成12年>

特殊な製造ラインの導入により、子亀まん頭を開発し販売。

子亀まん頭

2015年 <平成27年>

4代目優司の長男源司、地元の素材にこだわった洋菓子ラインの開発販売を始める。

平澤源司 昭和61年生
東京のホテルにてパティシエとして修行を積む。2015年に地元に戻り、亀まんの伝統の味を守りつつ、新しい亀まんの味を追求している。2019年、万寿庵のリニューアルを夫婦で手掛ける。地元企業とのコラボレーションによる商品開発も積極的に取り組んでいる。

2019年<令和1年>

伊那店舗の喫茶万寿庵をリニューアル

  • 地元企業とのコラボ商品開発一覧
  • ○株式会社仙丈さん|甘酒ムース
  • ○お茶屋いちえさん|茶通、フィナンシェ、水ようかん、ほうじ茶シフォンケーキ、ブラウニー
  • ○大芝の湯|大芝高原限定商品ミルクあんこプリン
                   

株式会社仙醸さんとのコラボ商品 甘酒ムース

お茶屋いちえさんとのコラボ商品 ブラウニー ほうじ茶